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不動産投資家はエリートか?

  2016/03/06    投資の考え方

私は「エリート」という言葉がキライです。

 

子供の頃からクラスでは比較的優秀な方でしたが

何でもできるわけじゃないのに

何でもできそう

と思われて

 

良い子ぶっている

 

というイメージがあり

どこか皮肉めいた印象を

持っているからです。

 

私の中での「エリート」とは

裕福な家庭に育ち

親に敷かれたレールの上を歩き

 

良い学校・良い会社に所属して

世の中の表面的に恵まれた部分を

享受して

自己満足に浸っている

 

そんな人間を象徴していました。

 

 

しかし私は7歳の時に父親を亡くし

母親の女手一人で育てられたので、

 

家庭は貧乏でした。

 

小学校の低学年の頃から

家では内職を手伝い

高校時代には新聞配達のアルバイトをし

大学は夜学に通って

昼間働きながら学費を稼ぎました。

 

 

かろうじて大きな会社に入ったのも

大学を卒業して一年過ぎてからです。

 

そうして27年をその会社で過ごしてきた今、

年齢的に給料が頭打ちになり

手当もカットされ

もはや年収は増えるどころか

ガクッガクッと下がっていきます。

 

一方、優秀な若者たちはどんどん台頭してきて

活躍の場を求め、

会社としても年配者層には自主的に

退いてもらうような雰囲気を醸し出しています。

 

そんな状況の中、

先日、家族みんなで会話をしているとき、

子供たちから

「パパの考え方はエリートだね」

と言われました。

 

とっさに私は反応し、

「エリートなんかじゃないよ、何言っているんだ」

と返しましたが、

 

子供たちにとって「エリート」という言葉は

皮肉でも何でもないので、私のリアクションに

逆に驚かれました。

 

たとえばWkipediaには

「社会の中で優秀とされ、指導的な役割を持つ人間のこと」

とされています。

 

この言葉をそのまま受け止めれば、

子供たちの思いは純粋に

私への敬意を表した表現なのです。

 

さらに彼らが私のことをエリートと感じる根拠には

 

「周りの意見や環境に揺さぶられない、

本質を捉えた考え方を持っているから」

 

とも言っていました。

(実際はもう少し柔らかい言い回しでしたが)

 

自分の家族からそんな意外な指摘があり、

初めて自分がこれまで「意味のないこだわり」

に固執していたことを

思い知らされました。

 

 

自分の進路や人生の選択を迫られる時、

そしてもちろん不動産投資家にとっては

物件選びや

さまざまな業界関係者とお付き合いをする局面で

 

「自分の考えをしっかり持って相手に伝えること」

 

が重要です。

 

それにはいつでも「本質」を捉える意識が必要で、

多角的な観点と柔軟な発想が求められます。

 

さらには自分だけでなく、他人や周囲にも配慮して、

多くの人の幸せに貢献すること

 

これができる人を「エリート」とするならば、

私はいつでも人生のエリートでいたい

 

 

家族の言葉を受けて以来

思うことにしました。

 

表面的で浅はかな「エリート意識」は

実は自分の中にこそ埋もれていたものだと気づきました。

 

まだまだ、学びが必要です。

 

 

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